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2006年 8月 4日 「天パパの心を少し理解できたかなと思う」 ジョシー
ひきこもりの治療をしていて、いくつかの発見をしたので分かち合います。この情報は日本のクリスチャンが何をしてきたかを知らせるとともに、どこを悔い改めたらよいかを啓示しているように感じます。みなさんにとっても、問題を整理する時となると思います! |
| 2006年 6月24日 「ひきこもりと神の国」 楠葉キリスト教会牧師 遠藤明匡師 ジョシーの口から「ひきこもり」と言う言葉が出るようになって久しい。「アイデアに富んでいるジョシーが、また新しい働きを始めたのだろうか。」初めのころの印象はそのようなものであったと思います。今年の初めにジョシーと会ってゆっくり話を聞く機会が与えられました。やがて彼の働きの全体が分かってくるにつれて、私は深い感動を覚えました。彼は神の国を、傷を持った1人の人の心にもたらすために、時間を割き向き合っているということ、そしてもう1つは日本という国単位の視点から、神の国が拡大されていくことを考えているということを知ったからです。 ![]() ●神の国、セル教会の理解 私たちは神の国(イエス様がこの世に来られることによって始まった神の支配とその領域のこと)がイエス様の宣教によってすでにもたらされているとともに、それがやがて来る終わりの時に完成することを知っています。日本の宣教が福音による救いに力点が置かれて来たのに対し、世界のセル教会には福音による救いとそれに伴う神の国の拡大という視点が存在しているように思います。しかも、それは王であるイエス様による王権や統治という抽象的なものより、王であるイエス様によってもたらされた、より具現化された全人的な祝福というとらえ方が強いように感じます。しかもこの神の国の拡大は、国単位でとらえられているのです。 ●神の国と福音宣教?社会奉仕の調和 教会は社会的な働きよりも福音の宣教に力を入れるべきであり、社会に対する奉仕や働きは教会の働きの中心ではない、というような受け止め方が日本にはあります。その結果、福音的な教会は福音宣教を、リベラルな社会派の教会は社会奉仕や様々な社会愛の活動をしていくとう対立が生じているのです。 しかしアジアのセル教会においても福音宣教と社会的な奉仕は調和を持って一つの教会でなされ、その結果、単に福音を語るだけの教会よりも多くの人々が救われているという現実が存在しています。救霊に熱心な教会は、それと同時に社会に対してキリストの愛を表すことにも熱心であるのです。 ![]() ●神の国を国家レベルでとらえる 日本ではこの国家単位での神の国の拡大という視点をなかなか持ちにくいのですが、韓国には「民族福音化」というスローガンがあります。一つ一つの地域教会の成長や教団単位での成長以上に、民族としての、国家単位での神の国の拡大というビジョンがあるのです。「韓国の教会の発展は、国家単位での神の国の拡大というとらえ方が存在するようになってから急速に広まった。」と友人の韓国人宣教師は韓国教会の歴史を振り返りながら話してくれました。 先日、アフリカの教会をひとつにする働きに携わったユキさんと話しました。「アフリカの教会には国家単位での神の国の拡大というとらえ方が存在しているのですか?」という私の質問に「いいえ、大陸単位です。」という答えが返ってきました。「アフリカ大陸単位…!?」 それは私の想像をはるかに超えていました。 ●神の国の拡大と国家的なニーズ 「宣教学的な分析によると国単位でのキリスト教のムーブメントには、その国の政治的な危機や困難、国家的な問題や必要が深く関係している」と、ある本に記してありました。すなわち国家的な単位で神様の働きが展開していくときに、神様は国家的な単位での問題を用いられることが多々あるということです。 ジョシーは日本の国家的な危機を「共依存と引きこもり」と見ているようです。その見解の信憑性は、1人の牧師の分析によるものだけでなく、今はキリスト者である心理学者の服部雄一氏が協力者として存在していることのゆえに高いといえます。服部氏のような人材を日本の教会との関わりに導いてくださった神様の不思議な計画を感じます。 ![]() さて神様は2つの癒しの方法を与えられました。一つは超自然的なもの、もう一つは一般恩寵における医療です。この二つの領域にも対立ではなく調和というとらえ方が必要ではないでしょうか。医療関係者のクリスチャン人口が少ない日本では、教会と医療が協力し合ってより良い結果を出していく、という段階にはなかなか到達できないでいます。 最新の心理学や精神医学等の学説が、キリスト教的な視点からも整理され、キリスト教理念の愛に基づいてアプローチされることは大切であると思います。たとえば大阪にある淀川キリスト教病院の地域における影響力の大きさを事例として見るならば、うなずけるものがあるでしょう。 そしてそこでは素人ではない、クリスチャンの心理学者や精神科医、臨床心理士、カウンセラーとの協力がとても重要なものとなってきます。それはその働きをバランスのあるより健全なものとしてくれるばかりではなく、人の心を扱うときに責任の所在を明確にしてくれるからです。 日本がひきこもりという危機的な問題を抱えているということは、国家単位でのニーズが存在しているということです。そして教会が服部氏の指導の下にこの問題に関わるなら、多くの救われる人が起こされてくるでしょう。なぜならジョシーに聞いたところでは、引きこもり者の回復の過程においては、健全な受容の共同体が必要であるとのことだからです。成熟したセルはこの受容の場、居場所を提供します。 ![]() ●神の国は人の心の痛みに仕える事によって 国家の単位で神の国の拡大を考えるとき、私たちはプロジェクトや方法に目がいきがちですが、実は大きな視野で神の国の拡大に携わるということは、一人一人の人間の心の傷や痛みに奉仕することを意味しているのではないでしょうか。今のジョシーの働きを見ているとそのように思えてきます。そして、それは、この地に神の国の到来をもたらすとともに、一人の人間に仕えられたイエス様ご自身の生き方に相通じるものでもあると思います。 |